3月11日

大震災から1年が経ちました。
1年前、職場のテレビで信じられないような光景を目にしたことを今でもはっきりと覚えています。
最初、テレビを見ていても何が起こっているのかよく分かりませんでした。
濁流が家や車を飲みこんでいく恐ろしい映像。
先にテレビを見ていた人が、地震のことを教えてくれて、ようやく事態を把握しました。
大変なことが起こっている。
日本中の誰もがそう感じていたのではないでしょうか。

私は、東北とは遠く離れた九州に住んでいるので、ほとんど震災の影響がありませんでした。
自分の周りは何も変らず、いつも通りの毎日を過ごしているので、不思議な感じがしました。
できることはやりたい、と思っても、実際にできることと言えば募金くらいでした。
あまり大きな額は厳しいので、募金箱を見つけるたびに少しでも入れるようにしていました。
何かをしたいけれど何もできない、というもどかしさを感じている人も多かったのではないかと思います。

あれから1年。
家族が行方不明になってしまって、まだ見つからないという人もいる多いようです。
きちんと確認できるまで諦めることはできないという人も多いのではないでしょうか。
私も、家族や友人が行方不明のままならば、もしかしてどこかで生きているかもしれないと諦めがつかないかもしれません。
そんなことを考えると、帰らぬ人を待つという辛さが身にしみます。

あっという間に大事な人を奪われてしまうことは、想像を絶するものだと思います。
自然の恐ろしさを誰もが感じた出来事だったのではないでしょうか。
完全に復興できるには、まだまだ長い時間がかかると思います。
震災のことを忘れずに誰もが、少しずつでも支援を続けていくことが私たちにできることだと思います。

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4月 30th, 2012 by admin

私の仕事

私は、大学の研究機関で仕事をしています。
大学の研究機関なので、何か難しいことをしているのではないかとよく言われます。
大学の研究機関の仕事は、ぴんからきりまであります。
私の仕事は、最もきりの仕事です。
簡単に言えば、研究の補佐になります。

私が勤務している大学の研究機関は、地震や火山の研究をしています。
最近は、地震がよくクローズアップされてよね。
私の仕事は、毎日起こる地震の震源を決めるという仕事です。
地震が起こるとその地震を測定する地震計によってデータが入ります。
でのデータは、地震の揺れを表すデータとなります。
中学生の頃に、P波やS波など習いましたよね。
あの、P波とS波が到着したところを選択していき、震源を決めるのです。

難しいような感じもしますが、波の見方をマスターすれば、後は、毎日同じことを繰り返すだけです。
波を見ることができるようになるまでは、半年ほど時間がかかりました。
未だに見方があっているのかよく分かりません。
見方は、人によって微妙に違うし、正解はないのだと言われています。
仕事を続けていると、波を見て、これは地震の波なのか、地震ではないのかということもなんとなく分かるようになりました。
単調な仕事だけれど、分かるようになってくるとなかなか面白いものです。
大きな地震になると波は大きくなるので、見やすくなります。
逆に小さな地震は波の形がはっきりしないので、見るのが難しくなります。
日頃起こっている地震にも興味を持つようになってきました。

この単調な仕事は、研究の準備の一つになるようです。
いつか何かの役に立つことがあればいいなと思います。
そんなことを考えると、少しだけ今やっている仕事に意味を持たせることができるようです。

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4月 20th, 2012 by admin

受験勉強

大学生は、受験シーズンが終わりつつあり、高校生は受験シーズンの真っ只中ですよね。
学生の頃は、受験のためにしぶしぶ勉強していたという人が多いのではないでしょうか。
私もまさにその一人です。
受験のために、嫌々勉強していました。

でも、逆に受験勉強から離れてしばらく経つと、勉強するのもいいなと思えてきますよね。
そういえば、母親も同じようなことを言っていたような気がします。
どうしてあんなに嫌だった勉強をしてもいいなと思えるようになったのでしょうか。
大人になったから、ということだけではないですよね。
この時期、高校入試があると、翌日、その問題と解答が新聞に載りますよね。
あの問題を思わず解いてしまったという人もいるのではないでしょうか。
私も、なんとなく解いてしまいました。
もちろん結果はさんざんでした。

勉強したい、と言っても、また、受験勉強のような勉強はやりたくないですね。
もくもくと英単語を暗記したり、歴史の年号を覚えたり、今やりたい勉強はそんな勉強ではありません。
例えば歴史だったら、歴史の背景にあるものなんかを勉強したいと思います。
英語も単語や文法を覚えるのではなく、簡単な英会話などを勉強したいですね。
詰め込み勉強は、もう散々やってきたので、今は、自分の知識を広げるような勉強をしたいなと思います。
とは言っても、いざ始めようと思ったら、時間がなかったり、疲れていたりしてなかなか手につかないものです。

今年の目標として、何か勉強を始めるということを追加するのもいいかもしれません。
ここ数年、自分を向上させるというようなことは何もしていませんでした。
何か資格の勉強をするのもいいですし、とにかく何か始めてみようかなと思います。

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4月 19th, 2012 by admin

3月9日

3月9日と聞いて、何を思い浮かべますか。
私は、レミオロメンの3月9日を思い浮かべます。
この歌は、この季節にぴったりの歌ですよね。
聞くたびにちょっと切なくなります。
いい歌ですよね。

私がこの歌を知ったのは、友人がカラオケで歌っていたからです。
歌詞を見て、いい歌だな~と思って、すぐにダウンロードしました。
歌の歌詞に刺激を受けることってよくありませんか。
普段、聞き流していると、歌詞に集中することはあまりありません。
でも、ふっとしたときに、言葉がすっと入ってくるときがあります。
メロディに乗って、その言葉が頭に入ってくると、急にたまらなく切なくなるときもあります。
以前、つらいことがあったとき、車の中で聞いていた歌の歌詞が急に頭に入ってきました。
その言葉が、あまりにも胸にしみて思わず涙が出たことがあります。
歌ってすごいものですよね。

話は、レミオロメンの3月9日にもどります。
この歌の歌詞に「瞳を閉じればあなたがいるようで、どれほど強くなれたでしょう」
というような歌詞があります。
この歌詞がいいなと思うのです。
分かるような気がしませんか。
一人でいるときも、目を閉じると大事な人がそこにいる、と感じられ、それだけで強くなることができる。
そんなことってありませんか。
勇気が必要なとき、心細いとき、そんなときは、誰か大事な人のことを思って自分を奮い立たせます。
そうすれば、一人でも強くなれそうな気になるものです。

そして、この歌は「あなたにとって私もそうでありたい」と歌っています。
いいですよね‥。
今日、3月9日にこの歌を聞いて、改めていいなと思いました。
ずっと歌い継がれるような名曲として残るのではないかと思います。

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4月 14th, 2012 by admin

卒園式

泣くまい、と思っていたけれど、結局泣いてしまいました。
そう、次男の卒園式。
幼稚園の卒園式といえば、まだ幼さの残る子どもたちがひとりずつ、証書を園長先生にもらう、その成長した姿につい涙腺もゆるむものですし、まして子どもたちがあの少し舌足らずな声で「さよなら幼稚園」なんぞを歌えば、もうあちこちですすり泣く母の姿が見受けられるというもの……。

確かに私も、一生懸命歌う子どもたちを見て、ふとハンカチを目もとにあてたりもしていたけれど、でもそれよりもっと、心に迫ったのは、一緒に並んで座っていたお母さんたちとの絆でした。

結婚し出産してから数年。
地元を遠く離れたわけではないから、学生時代の友達とも時折連絡はとっているけれど、今この瞬間の、子育ての些末な出来事を大袈裟なぐらい喜んだり、愚痴言ったり、共感できる、共鳴できる友達が欲しかったのです。
もちろん公園で知り合い、児童館で仲良くもなったりしたけれど、なんだかあと一歩、踏み込めなかったのです。

でも幼稚園というひとつの小さな社会で、子どもたちが子どもたちなりに不安を抱えながらも輪の中に飛び込んでいったように、私もまた、毎日送り迎えして、行事に参加するなかで、私自身もエイッと、ママ仲間のなかに飛び込むことができました。

互いに子どもを通して、時に張り合ったこともあるし、時に「私とは違う」と首をかしげたこともありました。
でも、やはり、子どもを通してだからこそ知ることのできた優しさや、身近に気軽に助け合うことができたことは私にとってとても大きな幸せでした。

「母」であることを前提にして知り合い、「子」を通しながら友情を育むことができた。
そんな風に書くとなんだか照れくさくもあるんだけど、なんか今はベタにその気持ちを表したくなりました。

狭い幼稚園のホールで、仲良しのママたちと並んで座って、子どもたちを見守りました。
お互いの子どもの順番が来るたびに、ちらっと視線をかわして微笑み、歌の最中には思わず隣のママ友としっかり手を握りあっていました。

お花と証書を抱えて満足げな子どもたちを写真におさめると、なんとなく誰が言い出したのでもなく、お母さんたちが園庭に並びました。
即席カメラマンは子どもたちに交替して、お母さん同士ポーズ作って、記念撮影!
子どもが写したものだから、少々ピンボケですが……。

プリントした、笑顔たくさんのママ友の記念写真が、私の卒園証書になりました。

ママ友って不思議なものです。私のような一般庶民もいれば、レクサスGSに乗るようなちょっとセレブだけど気さくなママもいる。私みたいに30代のママもいれば20代前半のママも40代のママもいる。
子どもというかけがえのないものでつながった友人関係。これからも大切にしたいです。

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4月 12th, 2012 by admin

たまご焼きの味

たまご焼きの味って、家によって違いますよね。
甘いたまご焼きもあれば、ちょっとしょっぱいたまご焼きのところもありますよね。
家は、その中間でしょっぱ甘いような味のたまご焼きでした。
でも、最近は、より甘めになってきているようです。
母の味覚が変わったのでしょうか。
学生の頃は、毎日のようにお弁当にたまご焼きが入っていました。
お弁当のたまご焼きの味は、毎日違っていたような気がします。
砂糖の入れ具合いなどが微妙に毎日違っていたのでしょうね。

自分で作るたまご焼きもちょっと甘めでしょうか。
やっぱりたまご焼きは、ちょっと甘いほうが美味しいような感じがしませんか。
でも、甘いたまご焼きにするには、結構な量の砂糖を入れないとあまり甘さが出ないんですよね。
たまご焼きを作り始めてから、そのことを知りました。
砂糖以外に、どんな調味料を入れるかも家によって違いますよね。
家は、砂糖と塩でした。
私が作るときは、砂糖とみりんとだしの素を入れます。
他にも醤油を入れたり、砂糖とだしの組み合わせだったりと、いろいろとあるようです。

居酒屋などでたまご焼きを頼むと、マヨネーズが横についてくることが多いですよね。
あのマヨネーズがなんとなく嫌なときがあります。
あまり味のないような美味しくないたまご焼きならば、マヨネーズをつけます。
でも、美味しいたまご焼きなら、マヨネーズはよけいな感じがします。
家でたまご焼きを食べるときもマヨネーズをつけようとは思いません。
なんとなく合わないような気がするのは私だけでしょうか。

たまご焼きは、簡単に作ることができるけれど、以外と奥深いものかもしれません。
たまごに何を混ぜるか、とか焼き方とか‥
人によって違うので、どれが一番良いとは言えないものですよね。
美味しいたまご焼きを作ることができるようになりたいものです。

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4月 8th, 2012 by admin

やぎの草むしり

私の家の近くの公園には、やぎがいます。
以前は、囲いの中に飼われていたのですが、最近は、公園の中に放し飼いにされています。
公園は、道路沿いにあるのですが、やぎは分かっているのか、道路にはでないようです。
やぎは、おとなしそうなので、暴れてケガをさせるということはなさそうです。
角も切ってあるようです。
でも、どうして放し飼いにされているのでしょうか。

やぎが放し飼いにされているのは、草むしりのためだということを後日聞きました。
やきを放しておくと、やぎが公園の中の雑草をきれいに食べてくれるのだそうです。
草は、やぎの餌にもなり、草むしりの労力も必要なくなるので、一石二鳥のようです。
でも、やぎが怖くて泣いている小さな子供もいました。
確かに、小さな子供にとって、やぎは怖い動物に見えるかもしれません。
ちょっと大きいやぎは、確かに怖いです。
私も、何となく近寄り難い感じがして、離れたところからしか見ることができませんでした。

そして、やぎも災難にあったようです。
その公園は、高台にあります。
壁を越えると数メートル下に落ちてしまいます。
壁は、大人でもなかなか超えることができないくらいの高さです。
しかし、その壁を、やぎは超えてしまったのです。
夜になっても帰ってこないやぎを管理人さんが探していたら、やぎは、壁の下に横たわっていたのだそうです。
幸い、やぎは死ぬことはなく、骨折程度ですんだのだそうです。

やぎの草むしりは、良いアイデアだと思います。
でも、やぎを恐れる子供がいたり、壁を超えて、骨折してしまったやぎもいます。
そのような問題点もあるので、もう一度管理の方法などを考えたほうが良いのかもしれません。
やぎと人間が心地よく過ごせる公園作りをしてもらいたいものです。

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3月 31st, 2012 by admin

はちみつの日

3月8日は、何の日か知っていますか。
3月8日は、2つの日があります。
1つは、さばの日です。
そして、もう1つはみつばちの日です。
そうラジオで流れていたのを聞きました。

みつばちの日だけに、はちみつを使った料理を作っているという人の話が紹介されていました。
それは、パンにはちみつとシナモンをたっぶり塗るという簡単な料理でした。
料理とまでもいかないかもしれませんね‥。
それを聞いてから、私は、無償にはちみつを塗ったパンが食べたくなりました。
とろ~っとしたはちみつは、砂糖と違った甘さがあって美味しいですよね。
そして、はちみつは、パンにもよく合いますよね。
そこで、パンを買い、家に帰ってはちみつを探しました。
以前もらったはちみつがまだあるはずだ、と思ったからです。
あまり使うことがなかったので、たっぷり残っているはずです。

はちみつは、戸棚も奥にありました。
でも、賞無期限は、2011年9月でした。
約半年か‥
迷いましたが、とりあえず使ってみようと決心しました。
もし危ないと感じたらそこで止めようと思って、焼いたパンに塗りました。
味に問題はありませんでした。
シナモンもあったので、シナモンもかけました。
このシナモンも若干賞味期限が切れていました‥。
久しぶりのはちみつパンは美味しいかったです。
焼いたパンにはちみつは本当に合うなと実感しました。
はちみつにシナモンも良く合います。
この組み合わせは、おすすめです。
はちみつもシナモンも賞味期限が切れていましたが、後でお腹が痛くなることもありませんでした。

あのラジオの放送を聞いて、私と同じようにはちみつパンを食べた人もいるのではないでしょうか。
はちみつの日、覚えていたら来年もはちみつパンを食べようと思います。

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3月 25th, 2012 by admin

朝ごはん

朝ごはんを食べないという人も少なくはないようです。
私も食べたり食べなかったりです。
朝は何かと忙しいのでよほどお腹が減っていない限りは食べないということが多いです。
朝ごはんを食べる時間があれば、少しでも長く眠っていたいとも思うんですよね。
同感だという人も多いのではないでしょうか。

高校生の頃までは、朝なかなか起きることができなくて、早く準備をして出ないと遅刻をしてしまうという毎日でした。
でも、どんなときでも、しっかりと朝ごはんを食べていました。
母は「ごはんなんてゆっくり食べている時間はないんじゃない」とあきれ顔でした。
朝ごはんをゆっくり食べていたせいで遅刻をしてしまったということもあります。
でも、遅刻しようが何しようが、あの頃は朝ごはんを食べないと1日が始まらないような感じがしていたような気がします。
母親の朝ごはんが美味しかったというのもあったのかもしれません。
その頃の朝ごはんは、白ご飯とお味噌汁だけだったのですが、朝のお味噌汁がとても美味しかったのを今でも覚えています。
旅行に行くと朝ごはんを美味しく感じてついたくさん食べてしまうということもありますね。
母親の朝ごはんもそんな感じだったのかもしれません。

大学生の頃は、朝か昼かよく分からないような生活をしていたので、朝ごはんなんてほとんど食べることはありませんでした。
就職してからも食べたり、食べなかったりで、今も同じような感じです。

でも、朝ごはんは食べたほうが良いということはよく分かっています。
朝ごはんを食べることで頭も体も活動を始めるのだそうです。
また、朝ごはんをしっかり食べるとダイエットにもなるそうです。
少し早起きして何でもいいから朝ごはんをしっかり食べるということを目標にしてみようかなと思います。

友人は声優学校へ通っているのですが、声は商売道具だからと人一倍健康に気を使うようになりました。
きっと朝ごはんもしっかり食べていることでしょう。
私も大人。見習わないといけないですね。

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3月 22nd, 2012 by admin

タコとの格闘の毎日

先日テレビでタコのお刺身を紹介していました。

タコは市販の物を買うと体外は茹でた後かきちんと塩もみをされている生の状態なのですが…。
私は昔居酒屋の板場で働いて居た為、タコの本当の苦労を知っています。

タコを食べれる状態にするにはまずたくさんの塩を使い滑りを取って行きます。
この滑りを取るだけでもかなり時間がかかるのですが。
更にそこから塩分を抜く為に何度も水で洗わなければいけません。

私も慣れていなかった頃はそれだけで一時間程かかっていました(^^;)

序所に慣れて来た頃に私が働いて居た居酒屋のマスターから「実は米ぬかを使えばこの作業を半分位の時間で終わらす事が出来るんだぞ」と聞かされました。

「最初からそれを教えてくださいよ」とは言えなかった為、その後は米ぬかを使っていたのですが。

私が働いて居た居酒屋ではタコの唐揚げやタコのバター炒めがかなり人気メニューでした。

かなりのサイズのタコをいつも仕入れているのですが、スグに無くなる為また新しいタコを仕込む日が多かったと思います。

従業員も少ないお店だったので、タコを仕込めるのはマスターか私だけだった為いつも私が仕込む事になっていたのですが。
さすがに毎日タコを仕込むと肩が凝るどころか筋肉痛が永遠と続きます。

お店を辞めてからはタコを洗うなんて事は一切無くなりましたが、今思えば良い経験だったのでは無いかと思います。

お店を辞めた後にも何度かご飯を食べに行くのですが、その度にマスターは「俺が良い経験をさせたんだ」と自慢気に話すからそう思うのでは無いかと思います。

最後にいつも「就職には役に立たないがな」と言ってくるマスターでしたが(^^;)
面白い職場で働いて居たんだなぁ、としみじみ思います。

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3月 19th, 2012 by admin